7月1日 17:30 海鳴市


「くそっ、遅かったか!」

クロノは苦虫を噛み潰したような表情をした。
突然近くに出現した魔力反応の正体を確かめるべくなのは、フェイト、はやてを伴って
その反応のする場所へと向かおうとした矢先、どうやら相手の方が先に動いたようだった。

彼の視界には、周辺を包む碧色のドームが見えていた。

「これって……結界?」

遅れてクロノの所へ来たなのはが、素早くそのドームの正体に言及する。

「ああ。恐らく、相手がこちらを閉じ込めるために使ったんだろう」

元より結界の用途はそういうもの―相手を閉じこめ、逃走を不可能にした上で討つ―である。
なのは達が初めて守護騎士と戦った時も、確実に彼女のリンカーコアを奪うために結界を
張ったのだ。

「せやったら……これ使とる相手は味方やないみたいやな」
「どうやらその様だ。こちらに対して好意的な人間が、結界を張るなんて有り得ないからな」

要するに相手を閉じ込める役割を果たすのが結界である。一応その他の用途でも使われることは
あるが、少なくとも味方と思しき人物に使う魔法では無いことだけは確かだった。
それを示したはやての言葉を受けたクロノだったが、不可解な点が一つあった。

「でも、直接戦闘をする気は無いみたいだね……この結界の内部には、私達の他に気配が
感じられない」

まさにクロノが疑問に感じていたことを、フェイトが口に出した。
そう、なのは達が初めて守護騎士と戦った時は、術者であるヴィータを含め直接戦闘を
行わないシャマル以外の3人は結界の内部にいて、なのは達と交戦した。
その前例があるからこそ、広域結界を張っておきながらその術者、または戦闘要員の気配が
内部に感じられないのは奇妙に感じていた。

……だとすると、考えられる可能性は一つ。
クロノは少しの間頭を働かせ、結論を導き出した。

「僕達を攻撃するために現れたんじゃないってことだ。他に目的があって、その邪魔を
されたくないから結界に閉じ込めた。範囲を広域にしたのは、それを悟られないためだ」

逃走不可能の状態にした上で相手を攻撃すること。それが結界の一般的な使い道だ。
だが、結界の働きは「相手を閉じ込めること」である。ならば逆に、相手を閉じ込める
ことによる「足止め」も可能だ。
広域結界は魔力を消費するのであまり効率的とは言えないが、結界の内部からの破壊、
及びその機能を失わせるのには骨が折れる。魔力資質の高い魔導師ならば足止めには
有効な手段と言えた。

「だったら尚更、早くここを出なきゃいけないね……レイジングハート!」

相手が自分達を狙ってきたのなら、余り良い言い方ではないが自分達が戦えば済む話
なのでまだ何とかなる。しかし、相手がそれ以外の目的でこの世界へやって来ているの
なら周囲への危険性は段違いだ。相手が何者なのか、どんな目的を持っているのかは
分からないが、止めなければという焦燥感がなのはを突き動かした。

「みんな、下がって! 一撃で決めるよ、レイジングハート!」
<<All right>>

レイジングハートはバスターモードに姿を変え、魔力のチャージを開始した。
それを見てなのはが何をしようとしているのか理解したフェイト達は、反動に巻き込まれ
ないように素直に下がる。
結界破壊用の砲撃魔法、スターライトブレイカー+。かつてユーノやヴィータの張った
結界を一撃でその機能を失わせ、粉々に破壊した砲撃だ。

<<Starlight Breaker Standby Ready>>

レイジングハートの声と共に、魔力供給が開始される。
供給された魔力は一つの球体のような形を取り、徐々に大きくなっていく。

<<count9、8、7、6……>>

元々は戦闘で一度使われた魔力の残骸を再利用する砲撃だが、今回は戦闘が行われて
いない為空気中から回収出来る魔力は殆ど無い。
しかし戦闘が行われていないので、なのはの魔力はほぼ100%残っている。
また、後ろに下がっているフェイト、はやて、クロノもなのはに魔力を与えてくれていた。

<<5、4、3、2、1……>>
「スターライト……」

なのはの桜色を基調に、フェイトの金色、はやての白、クロノの青も合わさった球体が
レイジングハートのカウントと共に大きくなっていく。発射まであと僅かだ。

<<Starlight Breaker>>
「ブレイカー!!!」

そして、なのはの掛け声と共に巨大な球体が砲撃となって、碧色のドームの頂を直撃した。
大地を揺るがすような轟音と共に、砲撃と結界が攻めぎあい、そして止まった。

手応えはあった。
そこにいた全員が結界の破壊に成功したと、そう思った。



……だが。

「壊れて、ない……?」

しばらくして、フェイトは呆然として呟いた。
そこには、何事もなかったかのように、碧のドームが存在していた。






「参ったわね……。あんな砲撃されたんじゃ、思った以上に維持が大変になりそう
じゃない」

結界の外では、一人の少女が持っているストレージデバイスと同じ碧色の、展開した
ミッド式魔法陣の上に乗り、少し驚いた顔をしていた。
先刻の砲撃による地鳴りが、常人より敏感な彼女の耳に今もビリビリと響いている。

(さすがは戦技教導隊のホープ、高町なのは……確かに生粋の魔『砲』少女ね)

しかし言葉とは裏腹に、彼女の顔に焦りは見られなかった。

「まあ機能ごと破壊されるってことは有り得ないけど……。ベテルギウス、念のため
結界の硬度強化をお願い」
<<All right>>

もう一度同じ砲撃をされては敵わないと、少女が手に持つストレージデバイスに、自身が
展開した結界の強化を命じる。ストレージデバイスなので実際にその為の術式を作るのは
少女だったが、こういう風に話せば答えてくれる相手がいるというのは、彼女にとっては
嬉しいことだった。

碧色の光が先刻から展開しているドーム状の結界を包み、すぐに消える。
再び姿を現した結界は、心なしかより強くなっているように思えた。
少女は自分がこの世界を去るまでは、もうこの結界は破られないだろうと確信する。

(さてと……。あっちに戻った方が良さそうね。何かよく分からない魔力反応も出てきた
みたいだし)

そう考えるが早いか、少女はその場から飛び去った。
共にこの世界に来たパートナーのすぐ近くに、新たな魔力反応が検出されていたのだ。
しかも、それは結界の中にいた夜天の王・八神はやての守護騎士とは違う存在だった。
守護騎士と思しき4つの魔力反応が、少女が戻ろうとしている方向へ向かっているのが
はっきりと感じ取れていたのだ。

(最後の一つが誰かは知らないけど……流石にこのまま1対5になったんじゃ、勝負に
ならないものね。ここの猛獣は無事檻に入れたから、早いところ集合場所へ行かないと)

ぐずぐずしてはいられない。
ようやくここまで、後戻りが出来ず、しなくてもいいところまで来たのだ。
こんなところで、終わらせはしない。

少女はその瞳に強い意志を宿すと、一陣の風と共に目的の場所へと舞い戻った。



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