「……!」

クロノとの会議を終え、守護騎士達が待っているであろう家に戻ろうとしたはやては
不意に顔を上げ、クロノとなのはとフェイトを見やった。
3人も自分と同じものを察知したようで、その表情は一様に険しいものになっていた。

「魔力反応?」
「それも、かなり大きい……!」
「エイミィ、反応の詳細座標の特定を頼む」
「了解!」

察知したものが何かをなのはが口に出し、全員がそれに頷く。
だが、続くフェイトはその大きさに驚きを隠せないようだった。
それもその筈、はやての感じている魔力の量がフェイトと同じなのだとしたら、
恐らく闇の書事件以来、これほど大きな魔力反応を感じたことは無いだろうからだ。
しかし、恐らくそんな物にも立ち向かったことのあるクロノは冷静だった。
素早く傍らのエイミィに指示を出すと、自身のデバイス・S2Uを持つ。
対するエイミィも手馴れたもので、すぐさま執務官補佐の顔になると、傍の機器を
動かし始める。

「行くぞ。これだけ大きな反応だ、全員で向かう。はやて、君は念のため、守護騎士達に
連絡を頼む」

既に戦闘態勢になっていたクロノは素早くはやて達3人にも指示を送り、部屋を出た。
はやてはクロノの指示に従って、家にいるであろう守護騎士達に念話で連絡し、その間に
なのはとフェイトは自身のデバイスを起動する。

<<シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。誰でもええ、手が開いとったら魔力反応の
する場所に向かってな。あたし達も今から行くわ>>
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」

そして準備の整った3人は、クロノに続いて謎の魔力反応を追うべく、外へ出た。



この時は、やはり誰も気付いていなかった。
外へ飛び出す際に開いたドア。
それが、日常と非日常を隔てる、重い扉だということに……。






あまりに突然過ぎて、アリサには目の前で起きたことが理解出来なかった。
目を閉じて、耳を塞いで、その現実を否定してしまいたかった。

音も無く、すずかは目を閉じて倒れた。
2度と見たくなかった光景。
また、自分の目の前で、大切なものが失われていく。

「安心しろ……つっても無理な話だろーが、致命傷じゃねぇ。一時的に気絶させてるだけだ」

皮肉なことに、アリサから大切なものを奪った張本人の言葉でアリサは我に返る。
その目には、顔には、既に直前までの恐怖の色は無く。
自分が不甲斐ないせいですずかを傷つけたという後悔の念と、自分の大切な人を傷つけた
目の前の少年に対する怒りだけが滲んでいた。

「……どうして、こんなことを」
「あ?」

アリサのこぼれ落ちるような呟きに、少年は怪訝な顔になる。

「どうしてこんなことをするのよ!? 魔法使いって、すずかみたいな普通の人を守るために
いるんでしょっ!? それが何で……自分達より弱い人を傷つけるのよ!?」

自分は魔法使いについて、多くは知らない。
ただ、なのは達を見ていれば、具体的なことが分からなくても一つだけ理解できることが
あった。
それは、多くの人の幸せのために働いているのだということ。
魔法使いとは、皆がなれるわけではない。
だからこそ、選ばれた人間である自分達が、自分達にしか出来ないことをすることによって
たくさんの人に幸せを享受しようという、確たる理念の下に動いている。それだけは
アリサにも理解できていた。
だからこそ、今度は自分が彼女達にしてあげられることを精一杯してきたつもりだったのだ。

しかしこの少年は、そんな親友達の思いとは全く逆の行動を取り、彼女達の努力を消そうと
している。そして、そのための行動として、自分の一番大切な人を傷つけた。
それはアリサにとって、心に負った傷であると共に、決して許すことの出来ない行為だった。
すずかは意識を失っているだけだと言うが、そんなことは全く関係が無い。

「ハッ、魔導師だって人の子だ。全ての人間を幸せにすることなんて出来ねーんだよ」

しかし少年は、アリサの言葉を鼻であしらうと同時に切り返した。
アリサはしばらくその言葉の意味を捉えあぐねていたが、しばらくして少年の言葉の意味に
気付いた。

「自分の目的のために人を傷つけるなんて……あんた、最低よ」

全ての人間を幸せにすることが出来ない……それはつまり、第三者を傷つけたり、不幸な目に
遭わせてでも幸せにしたい誰かがいるという、少年の意志の表れでもあったのだ。

だが、どんな状況であっても、目的が私欲でも大義のためであっても、人が人を傷つけることは
許されることではない。傷つけられた人間も、誰かにとって大切な人なのだから。
誰かにとって大切な人が傷つくことが、その誰かにとってどれほど大きな傷になるか。
それを知っていたアリサは、恐怖を乗り越え、怒りで少年に食ってかかった。

「だろうな。でも構いやしねーよ、俺が生きて俺自身の『願い』を叶えるにあたっちゃ
お前の遠吠えなんざゴミの価値にも満たないんだからな」

だがそれでも、アリサの言葉は少年には届かない。再びアリサの言葉を鼻で笑った少年は
あくまで自分自身の意志を通すべく、両手のグローブを構えた。

「おっと、無駄に喋っちまったな。足を縛りっぱなしでそんだけ喋れば疲れただろ?
そろそろお前も、そこの友達と同じ様にゆっくり寝るんだな」

――嫌だ。

死刑執行寸前の囚人のような状況に立たされたアリサが思ったことは、それだけだった。
こんなところで、訳の分からない奴に自分が弄ばれるのが嫌だった。
目の前の自己中心的な少年が嫌だった。
そんなものを全て容認するような現実が嫌だった。
そして何より。
すずかを…大切な人を守れないままになってしまった自分が嫌だった。
どうすることも出来ない自分が嫌だった。

だから……みっともなくてもいい、少しでも足掻こうとして。
アリサは手を伸ばした。
何かしなければ、自分がこの気持ちで壊れてしまいそうだったから。



……そして。

少年の重い拳と、アリサのまだ小さな手が、音も無く交差し。

少年の拳がアリサの身体に届く前に。

アリサの手が、近付いてくる少年が首から提げていた「何か」に触れ。

――光が、溢れた。






……ここは、どこ?
あたしは今、何をしてるの?

眩しすぎる光に曝された目を閉じたアリサは、段々と光が収束していくのを感じて
ゆっくりと目を開けた。
ほんの一瞬だけ目を閉じていた気もするし、何時間も何日も眠っていたような気もする。
そこは相変わらず目が眩むような光で満たされていて、アリサは自分の姿の他には
何も見えない。ともすれば自分の姿さえ見失ってしまいそうだった。

よくわからないけど、ここはすごく気持ちいい。
このままずっと、ここでまどろんでいたい……。

何故か体が動かず、また動かす意志も起きなかったアリサは、そのままぬるま湯のような
心地よさに身を委ねようとした。

あれ? すずかは……?
そうだ、寝てる場合じゃないっ!

しかし、彼女にとって隣にいるのが当たり前で、ずっと隣にいて欲しいと望む人物……すずかが
側にいなかったことが、落ちかけていたアリサの意識を寸でのところですくい、今までに
起きたことを思い出させた。

魔導師を名乗った2人組に襲われ、そのうち1人の少年にすずかを殴られてしまったこと。
そして自分も、少年に殴られそうになったこと。
そして思い出すが早いか、アリサはさっきまで感じていた気だるさを気合いで振り払って
立ち上がろうとした。
ここがどこかは分からないし、あれから何があったのかも判然としない。
だが、あの少年もすずかもこの場にいないことだけは一目瞭然だった。ならば、自分も
動いてあの少年より早くすずかを探さなければならない。

今度こそ、大切なものを守るために。
2度と失わないために。

しかし。

(……っ、立てない!?)

立ち上がろうとしたまでは良かったが、何故か立つことが出来なかった。
さっきのように足を縛られているわけでもないのに、どうして動けないのか。
アリサの中には、瞬時に苛立ちと焦りが生まれた。

「どうして動けないのよ!? このままじゃ、すずかを……助けられないじゃないのっ!」

自身の想いを吐露しながら、懸命にもがくアリサ。
しかし、やはりその場を動くことは出来ない。

「どう……してっ!」

大切なものを守りたいと心から願っていても、力が無ければそれは自分では果たされない。
泣きそうになりながら、アリサはその事実を噛み締めていた。

そして、願った。
大切な愛犬を失った、あの日と同じように。
心の底から……守れる力が欲しい、と。

「……貴方の願いを、一つ叶えましょう」

その時だった。
光に包まれ何も無いように見えたこの空間のどこかから、声が聞こえた。

「なに?」

アリサは顔を上げ、声のした方を振り向く。
すると、そこには自分をずっと見ていたかのように、小さな光の玉が浮いていた。
光の玉はもう一度、男とも女とも、また子供とも大人とも取れないような、しかしどこか
暖かみを感じる声で、アリサに語りかけた。

「――貴方の願いは、何ですか?」



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