「きゃ……っ!」

少女が呪文を詠唱し、杖がそれに応えると同時にアリサとすずかの周りに強風が吹いた。
吹き飛ばされそうな勢いの風だったが、皮肉にも足を拘束されているためにそうならずに
済んでいた。

(……あれ?)

これからどうされるのか、その恐怖に襲われていたすずかだったが、しばらくすると
周りの様子がおかしいことに気がついた。

(こんなに風が吹いてるのに……何も飛んでない)

少女の魔法によって、すずかとアリサは吹き飛ばされそうな強風に晒されている。
だが奇妙なことに、足元の空き缶や傍に立つ木には全く動きが無い。空き缶の転がる音も
聞こえなければ、木の葉がざわめく素振りすら見えない。

「……!」

どうしてだろうと気を逸らした瞬間、すずかの中に風が入ってきた。
顔や身体に風が吹きつけるというようなレベルではない。碧の風が、自分の身体の中、
いやもっと奥深くまで入り込むのを感じた。

(何……これ?)

風がすずかの中へ入っていくと同時に、まるで走馬灯のようにすずかの記憶が溢れ出てきた。

小学校に入学したこと。
アリサと、なのはと友達になったこと。
3人で遊んだこと。
フェイトにビデオメールを送ったこと。
図書館で、初めてはやてと出会ったこと。
引っ越してきたフェイトと直に会ったこと。
なのはとフェイトとはやてが、魔法使いだと知った時のこと。
そして……。



そこで、記憶の流出は終わった。

「……面倒ね、これは」
「何が見えたんだよ?」

気がつくと、少女はすずかとアリサの元を離れて少年の隣へ戻っていた。
その少女の表情は、先刻と無機質なのは変わりないが、どこか余裕が少なくなっているように
思われた。

「高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて……この2人、その管理局きっての
エーストリオの友達みたいよ」
「!」
「それでこいつらは魔導師の存在を知ってたってわけか……めんどくせーことになったな、
そりゃ。あの3人がいるとなりゃ、後ろにはハラオウン母子だとか、夜天の守護騎士共も
いるってことだからな」

紡ぎだされた少女の言葉に、すずかの心臓は跳ね上がった。
アリサはアリサで、理解出来ないといった顔で呆然と2人のやり取りを聞いていた。
初対面の人間がどうして、そこまで分かる?

「私の魔法で貴方達の記憶を覗かせて貰ったわ。この世界の人間、それも魔力資質の無い人間が
私達の存在を知ってることって、おかしいから」
「しかし叩いたら予想以上のホコリが出てきたな。こいつは見過ごせねーよ」

突然走馬灯のように記憶が流出したのは、どうやらこの少女の魔法の所為だったらしい。
少年の顔に、再びさっき相対した時のような殺意が宿る。
記憶を見て、自分達となのは達の繋がりを知った。
そこまでは―荒唐無稽な話だが―理解できる。

だが、それを知って自分達を一体どうするつもりなのだろうか?
すずかは再び、言いようの無い恐怖に囚われ――そうになった。

「……っ!」

だが、恐怖に襲われる前に、すずかの意識は闇に呑まれていた。
その身体に、少年の鉄の拳が入り込んでいたことを知ることもなく。

「すずかーーーーーーっ!」

ただ、一番大切な人の、悲しげな叫び声だけを、耳にして。



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