目の前の光景に、アリサはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
さっきまで何も無かった場所に、突然奇妙な風が吹き、炎が舞ったと思ったら。
その場所に人間が現れた。

一人は、橙色の炎を纏った茶髪の少年。手には鉄製のグローブのようなものをはめており、
その身は使い古されたようなマントが包んでいる。

もう一人は、南の海を思わせるような青と緑の混ざった美しい色の髪を持つ少女。やはり
少年と同じようなマントを体に纏っており、髪共々先刻から吹く碧の風がたなびかせている。

いずれも、アリサとすずかより背が高い。3つか4つ年上といったところだろう。

(何なの、こいつら……)
「何だ、こいつら」

そんな突如として現れた2人の闖入者と相対しているうちに、少年の方からアリサの思っている
ことと同じことを口に出され、アリサは思わず反論する。

「何だ、はこっちのセリフよ! いきなり訳分かんない登場の仕方して一般人を混乱させて!
あんた達一体何処の魔法使い……っ!」

だが、反論の途中で自分の口に出した言葉で、アリサは口をつぐむ。

魔法使い。

その存在が御伽話では無いことをアリサが知ってから、もう2年半になる。
だが、自分達の住む世界からはあまり魔法使いが生まれないこともあって、彼女が3人の
親友―なのは、フェイト、はやてと彼女達に近しい人物以外の魔法使いは、見たことが
無かった。

しかし(少なくともアリサの知るそれはこんな唐突な登場はしなかったが)、もしかしたら
それも今日までかもしれなかった。
発散される気配のようなものから無意識のうちにも、その奇妙な出現の仕方から意識的にも
アリサが感じ取っていた違和感。もしそれが正しいのだとしたら。

「あなた達、魔法使い……なんですか?」

以心伝心と言うべきだろうか、アリサがまさに考えていた推論を、背後で自分の制服を掴んで
震えていたすずかが、前方の2人に恐る恐る尋ねる。

「!」

意外にも、その2人は面食らったような顔をした。
そんなものは御伽の世界の産物、何を言っているのかと呆れているのか、それとも魔法使いが
少ない世界の人間に自分達の正体を当てられて驚いているのか。
アリサには、2人がそのどちらの意味で表情を変えたのかは分からない。

しかし、これだけは分かった。
このままこの場所にいるのはまずい。
論理的根拠は無かったが、相手の余りにも平常からかけ離れた気配に、アリサは身の危険を
感じたのだ。
自分だけならまだしも、後ろには誰よりも大切な人がいる。
ここで危険な目に遭うわけにはいかなかったのだ。

「すずかっ!」

そう思って、アリサはすずかを連れて逃げようとした。

……だが、非情にもそれは適わなかった。

(足が……動かない!?)

見ると、足が碧色の輪のようなもので固定されており、それがアリサの足の動きを封じていた。
すずかも自分と大差ない状況のようで、やはり足を同じ何かで封じられ、動けなくなっている
ようだった。

「ひゅ〜、いきなりデバイスの起動抜きでバインドとは…大したもんだな」
「魔力資質を持たない人間の足を封じることなんて、目を瞑ったって出来るわよ」

感嘆する少年を尻目に、どうやらアリサとすずかの足を止めた張本人らしい少女は事も無げに
言葉を返す。その表情はあくまで冷静だ。

「……まあ、ここからはこれの力が無ければ上手くいかないとは思うけど」

そう言いながら、少女は自分のポケットからエメラルドの美しい色をしたカードを取り出す。
その少女の目には、顔全体を覆う余裕のようなものとは違う、少しの不安が読み取れた。

「そうだ、さっきの質問の答えを返してやらなきゃな。……確かに、俺達は魔法使い。正確な
言い方をすりゃ魔導師だ」

抵抗できなくなったアリサとすずかに、少年が近付く。その表情には、傍らの少女とは全く
異なった余裕と、買ってもらったばかりの玩具を友達に見せびらかすような子供っぽさが
浮かんだ。

「安心しろ、すぐに危害を加えるつもりは無ぇよ。…ただ、この世界の人間の口から、この
タイミングで『魔法使い』って言葉が出てくるのはおかしいからな。ちょっと、調べさせて
貰うぜ」

続けざまに発せられる少年の言葉に、アリサは戦慄を感じた。
足を固定されているだけでなく、その戦慄に身が竦み、金縛りにあったような感覚に襲われる。
しかし、動けないからと言って、自分達が何故魔法使いの存在を知っているかというような
ことを喋るつもりは毛頭なかった。
そんな親友を売るような真似をするくらいなら、殴られた方がマシだ。

……もっとも、それはあくまでアリサ一人の場合だ。
今は自分だけでなく、すずかも一緒に囚われている。
すずかだって自分と同じ様に、絶対になのは達のことを口に出さないに違いない。
しかしそれによってもしすずかが傷つくことがあれば……考えただけでも怖気がする。

だが、そんな2人を尻目に、彼女達を襲った側は一向に詰問をしてこない。
少女は取り出したエメラルドのカードに何かしており、少年はその少女を待っているだけ
だった。
拷問に近い目に遭うと予想していたアリサは怪訝な顔になるが、それは同時に何をしてくるか
分からないというある種の恐怖を喚起させた。

――親友が魔法使いだということは知っていても、それがどんな存在なのか、アリサは
知らなかったのだ。

「準備は出来たか?」
「うん、結構手間取ったけど……何とか」

そして、少女が動いた。それを確認した少年はアリサとすずかの元を離れ、自分の役目は
終わったとばかりに後ろに下がる。代わりに、さっきまで何かをしていたエメラルドのカードを
手にした少女がアリサとすずかに歩み寄る。

「今じゃなきゃダメだったのか? あの魔法くらいなら、今までだってデバイス抜きで使って
きたじゃねえか」
「そうなんだけどね。でもせっかく私のデバイスになったんだし、出来るだけ早いうちに
やっておきたいじゃない。本当なら手に入れたらすぐにやるつもりでいたのよ?」
「お前、あの状況でそれは無理だろ」
「でしょ? だから今やってたのよ。何か文句ある?」
「あーうるせーうるせー。ま、もう済んだんだから、文句は言わねぇけどな」

歩いてくる少女と後ろへ下がる少年のやりとりは、まるで学校帰りの中学生のようだった。
もしこれが下手をすれば自分の命の危機に繋がりかねない場面で無かったら、呆れていたか
微笑ましく感じていただろう。

「分かればよろしい。……行くわよ、ベテルギウス、セットアップ!」
<>

冗談めかした言葉をこぼした次の瞬間、少女の顔は真剣なものに入れ替わっていた。
同時に少女はエメラルドのカードを高く放り投げる。するとそのカードからだろう、
機械的な声が聞こえ、カードは回転しながら光に包まれ徐々に姿を変えていった。
やがてカードの変形は終わり、少女の手には同じエメラルドの杖が握られていた。

「ふぅ、初起動は問題無し……ね」

少女は無事にカードが杖に変わったのに安堵したようで、溜め息をついた。
だがすぐに、再び冷静な顔を取り戻した少女は、起動した杖をアリサとすずかに向けた。

「心を閉ざせし者よ、我を取り巻く加護の風の前に、汝が心の扉を開け。汝の扉の奥に眠る
記憶、我が風に乗せ、我に見せよ」
<>

そのままの体勢で、少女は何かを喋りだした。
魔法に関して無知なアリサでも、それが呪文の詠唱だと分かった。
だが、それをどうすることも出来ず。
アリサはただ、それを黙って見ていることしか出来なかった。



NEXTBACK目次に戻る



inserted by FC2 system