7月1日 17:00 ハラオウン宅

今ここには、住人であるクロノとその補佐兼居候のエイミィ、そしてクロノからの召集を受けた
なのは、フェイト、はやての計5人がテーブルを囲んでいた。

「それで、話言うんは何なん?クロノ君」

真っ先に口火を切ったのははやてだった。一応クロノからの召集に関しては留守番をして
くれている守護騎士の面々に念話で伝えてあったが、生まれたばかりのリインフォースUも家に
残してある。クロノの召集を軽視するつもりは微塵も無かったが、あまり長居はしたくないと
言うのが彼女の本音だった。

「ああ、分かった。……まあ、実際僕の口から喋るよりも直接これを見てくれた方が早いから
ひとまず見てくれないか」

そんなはやての事情を察したクロノは、応えるが早いか単刀直入に本題に入る。
もっともクロノからの言葉は一言だけで、それだけ言うと目の前にディスプレイを差し出した。
受け取ったはやては、隣のなのはとフェイトにもそこに書かれた文書を見せながら、自身も
目を通す。
最初は表情を変えずに読み進めていた3人だったが、その顔は段々と驚愕に変わっていく。
そこに書かれていたのは、本局で一つの事件が起きたということだった。



文書自体は難解な言葉が続いていたが、要約すればこういうことになる。
現在から18時間前、管理局が実戦投入を予定していたストレージデバイス「B2U」が
何者かの手によって奪取され、犯人は守衛の局員に危害を加えた上で逃亡中。
かなり高度なジャミングがかけられたため、現在本局の機関は麻痺しているところも多い。
実戦投入を予定していたとは言え、未完成品だったために大きな被害は起きないと予想されて
いるが、局員諸君は全力でこのデバイス及び強奪犯の行方を追って欲しい――。



「……大変なことになったね」

真っ先に反応したなのはは、悲痛と僅かな怒りをその表情に滲ませた。
デバイスを奪取したということは、少なくとも犯人は力が欲しかったということだ。
何かを為すためには、力が必要となる時もある。
他ならぬなのは自身の場合も、自分に力が無ければ、今ここでフェイトやはやてと隣り合って
座っていることも出来なかっただろう。
しかしこの、力を求めたであろう犯人は、局員に危害を加えたのだという。
力は確かに必要な時もある。
でもそれは、誰かを傷つけてまで手にするものではないのだ。

「なのは……」
「フェイトちゃん」

そんななのはの心の内を汲み取ってか、そっとフェイトがなのはの肩に手を回す。
ほっとするような、大好きな人の温もり。
そんな、何物にも変え難いものに抱かれて、なのはは悲痛を押さえこんで冷静さを
取り戻した。
2人は揃って、再びその文書の文字を目で追う。

「……クロノ君。これ、何かおかしいんとちゃう?」

そんな2人を尻目に、はやてが冷静な指摘をする。

「流石はやてちゃん。話が早いね」
「茶化すな、エイミィ。……だが確かにその通りだ。これは何かがおかしい……この
送られてきた電文そのものが、な」

クロノはエイミィの賛辞をはやてに流すと、自らの見解をこれまた簡潔に述べる。

「まず、管理局で作られとったいうこのデバイスやけど、こんなん知らんかったで」
「そう。一点目はこの、実験段階にあったストレージデバイスについてだ」

はやての最初の指摘に、クロノは大きく頷く。つられるようになのはとフェイトも顔を
上げ、クロノを見る。

「どういうこと?」
「本局の機能を麻痺させるようなジャミングをかけることからしても、相手はかなりの
実力者だ。そんな人物が狙ったデバイスなら、相当強力なものであるはずだ。だとすれば、
そんなものを開発しているのなら、僕ら執務官ぐらいには何か知らされる」
「……でも今回は、何も知らされなかった」

なのはの疑問にクロノが答え、それをフェイトが受ける。
最近ではドラマや漫画でしか見なくなった軍組織では、重要事項は上層部が末端まで知らせずに
極秘で進めるということがままある。
しかし、時空管理局という組織の体質からすればそれは考えにくいことであったし、また
通達ミスということも考えられなかった。

「そんなモンを、情報を開示せんままで探せいうんは無茶な話やな」
「ああ、2つ目はそこだ。奪われたからとはいえ、自らその存在を露見したデバイスについて
何の特徴すらも書かずに探せと言われても探しようが無い」

もっとも、クロノはこの点については自分なりの推測をしていた。

それは、上層部の焦り。
何故上層部が今まで、このデバイスの情報を開示しなかったのかは分からない。
だが、隠蔽していたからこそ奪われたことで、その「秘密」を握っていた人物は浮き足立ったに
違いない。その上、犯人のジャミングによって管理局の通信手段は麻痺させられている。
そう考えれば、このちぐはぐな電文は上層部の焦りの象徴とも取れた。

しかしながら、それでも分からないことがある。
はやての指摘した通り、未だに情報が開示されていないことである。
当然隠蔽されていたわけだから、どんな能力がそのデバイスに秘められているかは分からない。
だからこそ、情報を開示すべきで、真っ当な人間ならそうするだろう。
一体、何故……?

「ねぇ、クロノ君。奪われたのって、本当にそのデバイスだけだったのかな?」
「え?」

思考の泥沼にはまりかけていたクロノだったが、なのはの声に思わず顔を上げる。
彼女から出た意外な言葉に、はやてとフェイトとエイミィもなのはの方を注視した。

「どういうことだ、なのは?」
「うん……そのデバイスにどんな能力があったのか知らないけど、それだけでここまで
緊急電文を回すのって、変じゃないかと思って」
「確かに……犯人にしても、デバイス一個を取るために管理局の機能を麻痺させるくらいの
ジャミングをかけるっていうのも変、だよね」

クロノの疑問になのはが返し、エイミィが賛同する。
突然の話の展開に、フェイトとはやては一瞬後れを取ったがすぐに理解する。
そして理解した上で、揃って結論を出す。

「なのはちゃんの言うことも一理あるな。せやけど、どれもまだ推測の域を出んよ。
今は情報が無いと考えようがないんちゃう?」
「そうだね……ここで話してるだけじゃしょうがないよね」

出た結論に、クロノは一つ息をつく。
やはり、なのは達が来る前にエイミィと話し合ったことと結果は同じだった。
だが、彼女達から同じ結論が出たことによって、より今後の動きへの見通しが立った。
それらをすぐに頭の中で整理すると、クロノはなのは達3人の方に向き直り、こう告げた。

「とりあえず、今後の目処は立ったようだな。君達から同じ見解を聞けて良かったよ。
今、母さん……リンディ提督がそのために本局に行っている。幸い、アースラは別任務で
事件が起きた際に本局にいなかったから、特に影響は受けなかった。局に戻るのは大変みたい
だが。それに本局には……まあ無限書庫だが、ユーノとアルフもいる。あの2人なら何か
知っている可能性も高い」
「ほうか。それやったら安心やな」

はやてがあえて楽天的な笑顔をクロノに見せる。
しかしその胸中では、彼女は何か嫌なものを感じていた。

アースラの本局帰還も兼ねているとはいえ、提督自らの情報収集。
実際、はやて達の中では最も位の高いリンディが行うということ自体は納得できる。
だが、普通それ程の立場であれば放っておいても情報から彼女の元へ入ってきそうなもので
ある。
しかしリンディが情報収集に向かったということは、彼女ほどの人物ですらこの事件について
満足な情報を得ていないということなのである。

試作型ストレージデバイスの強奪。
それ自体は、開発者には悪いがさほど問題では無い。
その事件の不透明さ、それがはやてに胸騒ぎを覚えさせていた。



日常という名のパズルのピースは、
この時既に非日常という手によってバラバラにされつつあった。



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