何も、分からない。
ただ、橙の炎に抱かれ、暗闇の中を、まどろみながら落ちていく。


落ちて、いく。
いや、落ちているのか。
飛んでいるようにも思えるし、真っ直ぐ走っているようにも思えた。


横―いや、上かもしれないし下かもしれない―には、自分と同じ様に、
ただ感覚に身を委ねた碧の風が。


それが、自分が、ここがどこであろうと、とりあえず「ここにいる」という
実感を与えてくれてもいた。


やがて、落ちる速度が少しずつ遅くなっているのを感じた。
遅くなるにつれ、光が見えてきた。

光が段々と大きくなり、そして……。








キーンコーンカーンコーン…。

7月1日・正午。

聖祥大附属小学校の校舎内に、4時限目の終了…昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴った。
黒板にチョークで文字を書いていた教師は生徒達の方に向き直り、学級委員に号令をかけるよう
促す。

「起立、礼!」

教師に対して礼をした生徒達は、それまで静かに授業を受けていたのが嘘のように騒がしく
なる。生徒達はそれぞれ同級生と言葉を交わし、やがて仲の良い友達同士で集まって話に
花を咲かせる。

そしてそれは、この5人の、6年生の少女達も例外では無かった。

「今日はいつもより短く感じたわ、授業」
「そらアリサちゃんがずっと寝とるからやろ」

大きく伸びをしながらのろのろと歩いてくるアリサ・バニングス。
彼女の前の席だった八神はやては、関西生まれの血…なのかどうかは知らないが、その
アリサの呟きに冷静に突っ込む。

「この小学生離れしたアリサ様の頭脳には、学校の授業は退屈なのよ!」
「でも本当に、アリサちゃんは頭が良いからね。それに、いつもはこんな感じだけど、
本当はすっごく優しいし、頼もしいし、2人きりの時は……」
「あーもう! うるさいうるさいうるさ〜い!」

普段から活発なアリサは、はやての極めて冷静なツッコミにも全く引かず、反論する。
そこに横合いから、月村すずかが絶妙なフォローを入れる。ところがその言葉にアリサの
頬は真っ赤になり、照れ隠しに両手を上げて大声で叫んだ。

「ふふ、今日もラブラブだね、アリサとすずか」
「私達もあてられちゃいそうだよね、フェイトちゃん」
「……あんた達にだけは言われたくないわね」

そこに遅れ馳せながら現れた高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに、アリサは再び悪態を
つく。普段から人目もはばからずベタベタしているこの2人にこんなことを言われるのは、
ある意味彼女にとって屈辱だった。
少なくとも、今眼前でしっかりと手を繋ぎあっているバカップルに言われる筋合いは少しも
無いことだけは確かだった。
…もっとも、そう言われることを悪く思わない自分もアリサの中にはいるのだが、それは
あえて黙っておく。言うには余りにも恥ずかしいことだし、言ったところではやてあたりの
格好のオモチャにされるのは目に見えていたからだ。

「さ、早くお昼食べよう……アリサちゃん」

そんなことを考えていると、いつの間にか自分に腕を絡めていたすずかが、どこにそんな力が
あるのか分からないくらいの勢いでアリサを引っ張っていた。
アリサはそれに驚き、また頬を赤らめる。

「わわ…っ、分かったわよっ」

アリサは何とか体勢を立て直すと、面白そうな顔をして待っている3人の親友のところへ
めいめい赤くなった頬が隠れるように、俯きながら走っていった。





――いつもと同じで、でもどこか違う、幸せな日常。
――例え親友が、自分とは違う「魔法使い」という存在だったとしても。
――自分が初めて好きになった相手が、同性の少女だったとしても。

こんな幸せな日常が、ずっと続くのだと、アリサは思っていた。
少なくとも、この時は。


アリサだけではない。
なのはも、フェイトも、はやても、すずかも。


この平穏な日常を壊す足音が、すぐそこまで近付いていたなんて。
誰も、想像していなかった。
誰も、誰も。



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