学校って物は、世の中には山ほどある。しかしながら、それらは全て千差万別、どこかしら違いがある。
人間一人一人がそれぞれ、顔や名前、性格なんかが全然違うことと同じ理屈だ。
でも、どんな学校にも共通して存在するものがある。

それが『部活』だ。

勉強そっちのけで汗を流す運動部もあれば、地味ながらも自分の興味の元に活動する文化部もある。
青春を感じさせるだろ?
…で、それはこの寒村・雛見沢にある俺達の学校だって例外じゃない。
甲子園を目指す高校球児とはちょっと趣向が違うかもしれないけど、俺達だって日夜部活でしのぎを削る
日々を送っているのだ。



 いつもと少しだけ違った、ごく普通の日常。
それは、いつものように放課後、俺が勉強以上に学校に来る目的となっている部活へ参加するべく
部室に向かった頃から始まっていた。

「さーて、今日は何をしようかなぁ?」

見るからに楽しそうな顔で言ったのは魅音。特にこれと言った名称は無くて、強いて言えば
『ゲーム部』という、部員でひたすら様々なゲームをする部活。こいつはその部活の部長でもある。
リーダーシップに秀で、ゲームも強いこいつにはまさに適任だ。
そんなわけで今日も我らがリーダーたる園崎魅音閣下のもと、最下位の奴には罰ゲームという
極めて過酷なゲームと言う名の戦いが行われることとなった…のだが。
今日はいつもと少しばかり状況が違った。

「って、今日は俺とお前しかいないじゃないか」

そう、今現在部室には俺と魅音の2人しかいないのである。部屋の中に男女2人と言えば
色々とシチュエーションが生まれそうだが、残念ながらこの部室に俺と魅音だけ、じゃあ何の
シチュエーションも生まれないに違いない。2人以上の部員がいる以上、この部室は
ただの部室ではなく、壮絶な戦いの繰り広げられる戦場なのだから。
おっと、話が脇道に逸れたけど、もうすぐこの雛見沢唯一の祭り「綿流しの祭」の準備が
あるから、俺と魅音以外の部員はここにいないんだ。他の部員が誰かは…言うまでも無いだろう。
何で祭の準備なのに魅音がここにいるかは俺も知らない。まあガザツで気まぐれな魅音のことだ、
何となく面倒になって、詩音と入れ替わってここにいるんだろう。

「分かってる。でも勿論中止にする気なんか無いし、圭ちゃんだってそれはゴメンでしょ?
だから今日は2人でやるゲーム…そうだ、神経衰弱にしよう!」
そう言うが早いか、魅音は有無を言わせず、ドラ○もんの四次元ポケットよろしく有象無象が
溢れかえっているであろうロッカーからトランプを取り出した。もっとも俺だって反対するつもりは
これっぽっちも無かったけど。

「分かった。神経衰弱は良いけど、その前に俺から一つ提案がある。」
「ん〜?何かな、罰ゲームの王様、前原圭一君?」

全く、コイツは余計なことを言いやがる。これも心理作戦の一貫か?まあ魅音なら、普通に
ゲームでやり合えばそんなセコいことしなくても俺相手なら百戦百勝なんだろうけどさ。
だからこそ、ここで俺はこの提案をするわけだ。

「ゲームの前に、トランプに新しい傷をつけさせろ。お前のことだから、今の状態なら傷を見れば
どれがどのカードか、全部分かるだろ?そうなると俺が不利なのは明白だ。だから、まだ傷だけじゃ
カードの種類が分からない俺に新しい傷をつけさせろ。勿論お前が見ていない所で、だ。」

そう、この部活の俺以外の人間は、トランプについている傷でカードの種類を見分けている。
まだ新入部員である俺はまだ傷とカードの種類が一致せず、おかげでトランプを使った勝負では
毎回のように俺が大敗を喫しているのだ。でも俺だって大人しく負けてやってる訳じゃない。
この前のジジ抜きでは、俺がゲームの最中にカードに新しい傷を入れてやったことで
結局は負けたけど魅音の鼻を明かすことが出来た。
今回は1対1の神経衰弱だから、ゲーム中に傷を入れると簡単にバレる。そうなると意味が
無いだろうから、予め堂々と…かつ魅音の見えない所で傷を入れる、という作戦を俺は思いついた
次第である。
魅音は少し考えたようだったが、

「…成程。そんなことを思いつくなんてさすが圭ちゃん、賢いね。分かった、その賢さに免じて
新しく傷を入れるのを許可しよう!もっとも、それくらいでおじさんと圭ちゃんの実力差が縮まるなんて
甘いコト考えちゃ駄目だよ?」
分かってるさ。これはあくまで「勝機を作る」って意味の賭け、駄目で元々の試みだ。
俺だって好きで負け続けてるわけじゃないからな。
俺は一度部室を出て、廊下で魅音から借りたカッターを使って(本当にあいつのロッカーの中には
何でも入ってる。そのうちレナが宝探しに使ってるような鉈が出てくるんじゃないかと気が気じゃない)
1枚1枚、アトランダムに傷を入れた。






 昔、スパルタで知られてた塾講師に言われたことがある。

「国公立の大学と私立の大学では受験科目は元より、問題形式や難易度なんかも大きく違うが
一定以上の偏差値を模試でキープしてる奴はどこだろうが受かる」

…分かりにくい例えだとは思うが、まあ要するに「圧倒的な実力があれば、どんな小細工をされようが
無意味だ」ってこと。
ここまで言えば、察しの良い人は…いや、良くない人でも分かるだろう。
結局、策を張り巡らせても俺は魅音に勝つことが出来なかった。
いや、結果は30対24…良いところまでいったんだ。しかし結局、最後は実力の差がモノを言ったわけだ。
色々(姑息な)手を尽くして負けたと言うのはすっげー恥ずかしい。
ましてや、何故かは自分でも分からないけど、その相手が魅音なら尚更。

「くっそー、3ペア差か。あと少しで勝てたってのに…。」
「ふふっ、残念だったね。でも、今日の圭ちゃんは色んな意味でいつも以上に本気だったから、
おじさんも楽しめたかな。」

悔しがってる俺を尻目に、魅音は本当に楽しそうに笑った。その晴れ渡るような笑顔を見ると
不思議と俺も嬉しくなった。
しかし、そんな風に『油断』していると魅音の笑顔が…何だかサディストのそれに変わったように見えた。
しまった、俺がゲームの敗者だと言うことを一瞬忘れてた。

「でもそれはそれ。あくまで圭ちゃんはおじさんに負けたわけだから、ちゃんと罰ゲームを受けてもらうよ?」

俺達が部活の勝負において、時に命懸け…は大げさかもしれないけど、とにかくどんな手を使ってでも
敗北を防ごうとするその理由…それがこの罰ゲームだった。それも荷物持ちや落書きの様な甘っちょろいものではなく、
基本的に魅音のロッカーの中から出てくる萌えの要素たっぷりのコスプレをさせられるのである。
今日は何をさせられるんだ?猫耳か?メイド服か?セーラーか?スクール水着か?
…それとも、『全部』?

「ふっふっふ。今日の圭ちゃんへの罰ゲームは…。」

俺はごくりと、断頭台に立たされた死刑囚のような面持ちで魅音の次の言葉を待った。

「くすぐりの刑だー!」

…は?
俺が魅音の言ったことの意味を理解するまで、数秒かかった。
何なんだそのいつもに比べてライトな罰ゲームは?初めてこの部活に参加した時に受けた落書きより
軽い罰ゲームなんじゃないか?
何だか釈然としなかったから、俺はついこんなことを言ってしまっていた。

「いいのかよ?そんな簡単なので。」

…言ってからしまったと思ったけどな。これじゃあもっと強力な罰ゲームを望んでるように
見えるかもしれないし。
でも魅音は、それをいいことに更にヘビーな罰ゲームを吹っかけるようなことはしなかった。

「いいよ。まあ、圭ちゃんが考えてる程甘いものじゃないからね。」

そう言って、不敵に笑うだけだった。
心なしかその顔が赤かったように見えたのは…気のせいなんだろうな、多分。






 そして実際。
魅音の「くすぐりの刑」の威力は凄まじいものがあった。くすぐり合いなら小学校の頃に
当時の友達とふざけてやったことがあったが、少なくともここまで拷問じみたものじゃなかったのは
はっきりと分かる。

「ははは…もう…勘弁してきゅれぇ!」
「ダメだよ〜?罰ゲームなんだから、ちゃんと最後まで受けないと!」

もう笑い過ぎて舌もまともに回らない状況になってる。それ程までに魅音のくすぐりは強力だった。
間違い無くその威力は未知の領域だ。普通に脇の下とか脇腹とか、一般的にくすぐられると
笑ってしまう所を普通にくすぐるだけじゃなく、その手つきもはっきり言ってプロの業だ。
やばい、このままいったらおかしくなりそうだ…。
すると、既に限界を迎えつつあったうつ伏せの俺の背中に魅音が乗りかかってきた。
今度は何をする気だと思っていると、魅音は人差し指で俺の背中をツー…と這わせた。

「うひゃひゃひゃ!そ、それは効き過ぎ…」

最早自分でも情けない声を挙げる俺。何やってんだ前原圭一…。
ひたすら俺を悶えさせていた魅音の指が、不意に動きを止めた。
今度は何をする気だと、俺は身構える…もっとも、散々くすぐられて骨抜きになった俺は
身構える体勢すら作れなかったけど。
しかし俺の意に反して、魅音は再び人差し指を俺の背中に這わせた。
 それをされた時、やっぱり小学校の頃に友達とふざけあってやったゲームを思い出した。
今まさに魅音がやっているように相手の背中に人差し指を這わせ、指を鉛筆に見立てて文字を書き、
その文字を当てるというゲームだ。
…要するに、俺は魅音が俺の背中に指である文字を書いたように感じたんだ。

大好き、と。

「え…?」

俺は一瞬その意味を理解出来ず、口に出してしまった。

「えーい、油断だぞ圭ちゃん!」

するとそこに、再び容赦ないくすぐり攻撃が来る。…くそっ、油断した!やっぱりさっきのは
俺の気のせいだったみたいだな…魅音、覚えてろ!今度俺が勝ったらお前には3倍返しの罰ゲームを
押しつけてやる!

でも、その時俺は、凄まじい威力の「くすぐりの刑」で骨抜きになっていて、しかもうつ伏せに
されていたから気付かなかった。
魅音が頬を紅くして、潤んだ目で俺を見ていたことを。






「ふ〜、疲れたぁ。」

そりゃこっちの台詞だ。あれだけ苛烈な、最早拷問に近いくすぐりを食らった俺の方が
もうヘロヘロだっつーの。
何処かすっきりしたような魅音の笑顔を見ながら、俺はそんなことを思った。

「相変わらずキツかったぞ。『くすぐりの刑』なんて言ったから、俺は油断しちまったじゃないか。」

俺は少し小さな声で愚痴を漏らす。もっとも、そんな声は勿論魅音には届かず、

「この位で根を上げるなんて、まだまだ圭ちゃんも修業が足りないねー。」

と、悪びれない口調で返された。ま、いつものことだけどな。
しかし魅音が疲れたのは本当だったみたいで、俺が座る前に、倒れ込むように椅子に座った。

「…大丈夫か?」

酷い目に遭わされたのは俺の方なのに、何故かこんな言葉が口をついて出てしまった。
俺もとことんお人よしだな。

「うん…ちょっと眠いだけ。」

すると魅音からは、いかにも眠そうな口調で返事が来る。常にハイテンションで元気が取り柄な
魅音にしては珍しい。明日は雪が降るかもしれないな…岐阜県の山中だし。
そんなことを考えていると、突如肩に重みを感じた。見ると、魅音が俺の肩に頭を乗せて思いっきり
寝ていた。

「おい、魅音…。」

最初、俺は体を揺すって起こそうとしたけど、やめた。
余りにも気持ち良さそうな顔をして寝ていたからだ。

魅音の寝顔を見ていると、さっき魅音が俺の背中に書いたことを思い出した。
あれは、俺の単なる妄想…勘違いなんだろうか。それとも、魅音の本心なんだろうか?
もしかしたら、魅音は本当に俺が好きなのだとしたら。
素直に嬉しい。俺も魅音はかけがえの無い仲間だと思ってるし、そういった面では俺も
「魅音が好き」だからだ。
でも、それ以上…つまり、魅音が一人の女の子として俺に対して恋愛感情を持っている…というのは
考えられない。まず俺の妄想に違いないだろう。
…いや、考えられないってのは正確じゃないな。そう考えたくないんだ。

何故?
多分、怖いんだ。
今の楽しい日々が終わってしまうのが。

前に、魅音は気丈で男勝りなように見えて、本当は凄く女の子らしいんだとレナに言われた
ことがあった。俺はそれを軽く流したけど…それを裏付けるような出来事は幾つもあった。
それでも、俺は魅音の「女の子らしさ」を考えようとはしなかった。
怖かったんだ。魅音を「女の子」として認めてしまうことで、今の幸せな日々が
壊れてしまうような気がしたから。
だから今も、魅音が本当に…考えてみれば実にこいつらしい方法で俺に自分の想いを伝えたのだと
しても、俺はそれを額面通りに受け取らずに、「勝手な妄想」で済ませようとしてるんだ。
…他人の告白を妄想で済ませてるんだとしたら、俺は人でなしだな。

結局魅音は、俺のことをどう思ってるのか?
魅音のさっきの行為は、俺の勘違いなのか?
もしさっきの行為が勘違いじゃなかったとしたら。

いや、それは問題じゃない。俺にとって一番大事なのは…。

俺が魅音のことをどう思っているのか、だ。

しばらく考えた。
多分生涯で1、2を争う真剣さで考えた…と思う。

…でも、分からなかった。答えは出なかった。

残念ながら、今突如として俺の目の前に現れた4つの問いに対する答えを、俺は持ち合わせて
いなかった。だからそのせめてもの償いとして、俺はなおも気持ち良さそうに眠る魅音の髪を
そっと撫でてやった。

綺麗に整えられ、さらさらとした手触りの気持ち良さを感じながら、俺は窓の外を見やった。

いつもと少しだけ違った、ごく普通の日常。

窓の外の紅い夕陽とひぐらしの鳴く声は、そっとその終わりを告げているようだった。



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