寒い冬が去り、桜が咲き乱れる春。
人々はこの季節になると、様々な理由から、桜見物を建前とした「お花見」と言う名の
ちょっとした祭(またの名を無礼講のどんちゃん騒ぎ)に乗り出す。そして、その中で互いの仲を
深めたり深めなかったりするのだ。
それは、聖ルミナス学園の生徒会・四季会も例外ではなかった。
その「ちょっとした祭」に向け。都心から少し離れた郊外の山道を、満開の桜をバックに3人の
少年少女が足早に登っていく。

「おいシーナ、まだか〜?」
「早く来いよ。置いてくぞ」

いや、正確に言えば。

「遅いぞ〜。クレハ達待たせちまうぜ」
「会長に色々言われるの、一番嫌がってるのはお前だろ? 急げよ」

2人の少年が足早に、

「別にあたしは遅く歩いてるわけじゃないわよ……」

1人の少女が、

「あんた達が、速過ぎるのよ! 少しはこっちの身にもなってみなさいよっ!」

息も絶え絶えに、その2人の少年に追いつこうと山道を登っている、と言うべきだった。



mouth to mouth



「やれやれ、やっと着いたか」
「どっか具合でも悪かったか? 普段俺を追いかける時は物凄いスピードなのに」

山の中腹にある休憩所と思しき場所に、ソウマとキリヤは腰掛けていた。
その端正な顔には一筋の汗や疲労の色すら見えず、それだけ見れば家の周りを散歩してきた
だけのようで、とても急な山道を登ってきたようには見えない。
そして、そんな2人の視線の先には、彼らとは対照的に、綺麗な顔立ちに無数の汗を浮かべ、
モンスターにでも追いかけられ、ようやく振りきって精魂尽き果てたような表情をしたシーナが、
未だ青息吐息の状態でベンチに凭れ掛かっていた。

「あのねぇ、あたしはか弱い女の子なの!こんな急な道、へばる方が普通よ。キリヤとの
追いかけっこなんかと一緒にしないで。っていうか、キリヤも人聞きの悪いこと言うな」
「「か弱い、ねぇ」」

そんなシーナの文句を聞いたキリヤとソウマが、今にも「そんな口の利き方をする奴の何処が
か弱いんだ」と口に出しそうな顔で彼女を見る。シーナとしては更に言い返したい気分だったが
生憎険しい(少なくともシーナにはそう思えた)山道が反論する気力を奪っていた。

「とりあえず、俺はあそこの自販機で飲み物でも買ってくる。ソウマとシーナも水を全部飲み干したんだろ?」
「…ちゃんとした物買って来なさいよ」

そんなボロボロのシーナを見たからだろう、キリヤが(シーナにしてみれば、明日の天気が
心配になる程)珍しく気を回してこんなことを言った。もっとも、シーナとしては素直にその
厚意に甘えるのも負けた気がするので、少し不機嫌な顔をして言い返す。

「分かってるよ。こんな所まで来て、いつものようにお前に蹴られるのは俺だって御免だ」
「…あんたが普段あたしをどう見てるか、よーく分かったわ」

しかしそんなシーナに対してキリヤから返ってきた言葉は気遣いの欠片も無い、いつもの彼の
ものだったので、やっぱりキリヤはキリヤかと肩を竦める。
そんな風にキリヤに対してのシーナの感情が忙しく動く一方で、キリヤはシーナの微かな反抗には答えずに
今度は後ろで欠伸をしていたソウマの方に振り向く。

「ソウマもいいか? 多分ここからあいつらが待ってるとこまでは自販機は無いだろうからな」
「じゃあオレは西園寺に連絡入れとくぜ。『シーナのせいで』もうちょい時間かかりそうだってな」
「頼む。後で嫌味言われるのも御免だからな」

キリヤ同様、まだまだ余裕があるらしいソウマはポケットから携帯電話を取り出し、そして
その余裕を見せつけるかのように、シーナをからかうよう言葉を吐く。今度は少し体力が
戻って反抗しようとしたシーナだったが、その前にキリヤが更にたたみ掛けるように呟いた一言が
再びシーナを閉口させ、代わりに少しは擁護しろと言わんばかりの恨みがましい視線をキリヤに向けた。

…しかしながら、当然と言えば当然だが、そんなシーナの願いが叶うことはなく。
ソウマは本当に電話の向こうにいるであろう眼鏡のすかした生徒会長に「シーナのせいで遅れそうだ」と
言ったし、キリヤはそんな2人を尻目にさっさと自販機に歩いていってしまった。
後で眼鏡の会長に何を言われるかと思うと、それだけで気が重くなるシーナであった。

「まあ、そう落ち込むなよ」
「誰のせいだと思ってんのよ!」

慰めも、この状況を生み出したソウマ本人からだと説得力に欠ける、というか殆ど無いに等しい。
せめてキリヤにこう言われたならば、まだ慰めになるものを…と思ったところでシーナは小さく
かぶりを振った。

(って、何でいつも気が付くとあいつの所に考えが行くのよ)

「遅かったな」
「ちょっと問題があったからな」

そんなことをシーナがしているうちに、キリヤが自販機から戻ってきた。
確かにソウマの言う通り、自販機で水を買うだけにしては随分時間がかかっていたようで
気にはなったが、それもキリヤが既に自販機で買ったと思われる水を飲んでいたことに
かき消されてしまった。

「何で一番ピンピンしてるあんたが真っ先に飲んでんのよ」
「俺だって喉が乾いてるんだよ。それにお前らに頼まれて買ってきたのは俺だ。俺が最初に
飲んだっていいじゃないか」

はぁ、とシーナは一つ溜め息をついた。
まったく、こいつと話しているとさっきまでウジウジと考えていたのが馬鹿らしくなる。

「まあ、あんたがあんたの分をいくら飲もうと勝手だけどね。早くあたしの分を頂戴」
「無い」
「はぁ?」

喉の乾きが頂点に達しつつあったこともあって、気を取り直してキリヤから自分の飲み物を
受け取ろうとしたシーナだったが、その返答としてキリヤが放った一言は訳の分からない…
少なくとも現時点のシーナではその意味するところの理解に苦しむものだった。

「どういう意味よ?」
「だから言っただろ、問題があったって。多分この季節には俺達と同じ様な連中が
沢山いるんだろ、自販機の飲み物の殆どが売切れで、この一本しか残ってなかったんだよ」
「3人で飲めってのか?この500ミリペットを」

キリヤの説明よりも、その直後のソウマの不満げな一言の方がシーナに現状をよりはっきりと
理解させた。こんな時に水が一本しか無いとは、全くついてない。というか、

「そんな状況にも関わらずあんたは一人でガブガブ飲んでたわけ?ソウマはともかくとして
あたしのこともちゃんと考えなさいよ!」
「だからちゃんと残してあるじゃないか。これ一本全部俺が飲んでいいならとっくに飲み終わってる」

見ると、確かにまだペットボトルには半分程の水が残っていた。普通ならそれでも問題だが
キリヤにしては上出来だろうと勝手に思ったシーナだった。

「せっかく残したんだから、俺の気が変わらないうちにさっさと飲めよ」
「何よ、偉そうに」

キリヤの物言いに苛立ったシーナだったが、キリヤなら本当に気が変わって手に持っている水を
全部飲む…なんてことをやりかねないので、一もニも無くその手にあるペットボトルを引っ手繰った。

「じゃあそろそろ行くか?いつまでもここにいる訳にもいかないだろ」
「ああ。これ以上西園寺の奴にねちねちと責められる理由を作るようなもんだしな」

手持ち無沙汰になったキリヤは、近くに置いてあった自分の荷物を背負うと
ソウマと共に他の四季会メンバーが待っているであろう山の頂へ向かう準備を始めた。

「待ちなさいよ。どうしてあんた達はそう…」

相変わらず自分が置いてけぼりを食らいそうな状況に、さっさと手持ちの水を、せいぜいソウマが
干からびない位に残して飲んで文句を言おうとしたシーナだったが。

(あれ?そういえばこれ…)

今自分が手にしているペットボトルは、先刻キリヤが口をつけたばかりのもの。
それをこれから飲もうとしたら、当然シーナも口をつけることになる。
それはつまり、

(か、間接キ――)
「どうしたんだよシーナ」
「早く飲めよ〜。お前が飲み終わるの待ってんだからな」

そんな「気付いてしまった」シーナの心中を知ってか知らずか(恐らく全く気付いて
いないのだろう)先へ進む用意が万全まキリヤとソウマが彼女をせかす。
人の気も知らないで、と内心叫ぶシーナ。

(だってそんなこと、あいつの前で出来る訳――)

シーナ本人としては否定したいところではあるのだが、まかりなりにも想いを寄せる相手―
キリヤの目の前である。そんな相手を前にして間接キスをするなど、彼女にとっては
一種の罰ゲームに近いものがあった。
最初はペットボトルをキリヤに突き返そうとも考えたシーナだったが、キリヤが本当に何も
気付いていないようだったので、それを見るとさっきの様に、自分がこんなことで頭から
湯気が出そうな位考えているのが馬鹿らしくなった。

(ああもう、分かったわよ!)

そして半ば自暴自棄になったシーナは、ペットボトルの水を一気に飲み干した。
今の今まで乾いていた喉が潤されていくのを感じると同時に、自分の中で大きな羞恥心と
少しの満足が駆け巡るのを感じた。

「よし、じゃあ行くか」

シーナが水分補給を終えたのを見て取ったキリヤは、最初から最後まで本当に何も
気付かなかったようで、いつもと変わらずの様子だった。
全く、こんな奴のために自分の感情が散々揺さぶられてきたと思うと、シーナには
「馬鹿らしい」の一言しか思い浮かばなかった。

「待ちなさいってば。今度はちゃんとあたしに合わせて歩きなさいよ、あんた達」
「よく言うよ…さっきまで殆ど死んでた奴の台詞とは思えないな」

…でも、この距離感にそれなりに楽しみを感じている自分がいることも確かで。
ほんの数瞬前の間接キスで、少しだけ満足感があったのも確かで。

「じゃあ今度はあたしが一番最初に頂上に着くわよ!ついてきなさいっ!」
「待てよ。ったく、こういう時は調子いいんだから」

そう思ったシーナの顔には、自然に溌剌とした笑顔が浮かんでいた。



「そう言えば、俺の分の水は?」
「あ…ごめんソウマ。さっき全部飲んじゃった」
「はぁ!?俺だけ食いっぱぐれ…じゃなくて飲みっぱぐれかよ?」
「残念だったな。まあ頂上に行けば多分クレハが何か持ってきてるだろうから
それまで我慢しろ」
「ったく…。そういうとこホントにそっくりだよな、お前ら」
「「似てない!」」
「ホラ見ろ、息もピッタリじゃねぇか」

…もっとも、その満足感や幸せには、様々な代償がつきそうだったが。


あとがき
どうしてこう自分は一本書くのにこうも時間がかかるのかな…霧崎です。
こいつは見ての通り(?)当サイトの第2メインジャンルとして書き出した
シャイニング・ウィンドSSの処女作な訳ですが、何故か書くのに物凄く時間が
かかり、その割には出来はイマイチとしか言い様が無いある意味凄い代物です(笑)

俺がウィンドを初めて知ったのはなのはStSのCMで、その時は「水樹奈々が主題歌
歌ってるよ」ぐらいにしか思わなかったんですが(だから俺に限らずなのはファンなら
名前は知ってる作品だと思うんですけどね)、その主題歌たる「Heart shaped-chant」が
個人的にツボったことと、日依こよみさんのお勧めがあって(このサイトのメインジャンル
2つが両方ともこの人の紹介で触れた作品なので、この人がいなければ確実に今の俺は
ありませんでした。多謝)受験が終わったらやろうと決めました。
結局受験は終わらなかったわけですが(汗)今は原作ゲームをラスト寸前まで進めました。
というか、エルファーレン最終形に負けてそこで止まってるんだけどね;
アニメ版も思いっきりオンタイムで見れた筈だったので、見なかったことに後悔してます;

このSSを書き出したのはまだ原作をやる前、暇で仕方が無かった現代文の授業の間に
読んだアナザーリンクに影響を受けて書き出したものです。特にシーナのツンデレ具合に
やられてしまい、それでキリヤ×シーナの話になりました。当然書き出した頃は
アナザーリンクと先行して買っていた攻略本しか情報源が無かったので(今思えば
よくそんな状態からSSを書く気になったものだと思います)特にキリヤが原作と比べると
違和感があるかもしれません。石田彰ボイスをイメージして書くとどうしても種のアスランや
GXのエドが出てきてしまうということもありました。

受験があったり何だりで、結局書き始めが11月、完成が5月と無駄に半年もかける結果に
なったのは反省材料ですね。どうして自分はスピーディーに文章が書けないのか
今後検討する必要がありそうです。
ただ、後半を書いたのは原作をある程度プレイした後だったので、前述のキリヤへの違和感が
なくなり、原作に沿った形で自然に書けるようになった…その一点だけは時間がかかったことの
利点だったと思います。中途半端とか一貫性がないとか言えばそれまでですけどね。

昔は自分にしか何を言っているか分からない程情景描写が少ないものを書いてまして、恐らくはその頃の
自分を嫌悪するが故なんでしょう、ある時から不必要とも言えるような余分な量の描写を付けるようになり
(書くのに無駄に時間がかかるのはその弊害だと思ってます)分かりにくくなったかもしれませんが
この話で書きたかったのは題名通り(?)間接キスです。ネタというのは探そうと思えば何処にでも
転がっているもので、アナザーリンクを読んでいた頃にサンデーでやってたハヤテのごとくが
高尾山の話だったのでその時のワタルと愛歌のやり取りからインスパイアしました。
パクリではありません、ええ。

…あまり長く書き過ぎるとただのグダグダになりそうなので、この辺で止めておきます。
最後に、このような駄作を最後まで読んで頂いた方に、無上の感謝を。
こんな作り手ですが次はもっと良いものを書けるよう、精進し続けたいです。



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