「少し遠くへ出かけてくる。何日かしたら帰る」

基本的に無愛想な男が、無愛想にそう言って町を出た。

「はいはい、死なない程度に気をつけなさいよ」

そんな男と一見似ても似つかない女が、お見通しと言わんばかりの笑顔で送り出した。
雨が降りだしたのは、その次の日からだった。





    Blue Pearl Drops





時刻は深夜、23時を回る頃。
ブルーは自室の窓辺に座り、何をするでもなく止まない雨を見つめていた。
彼女の住むマサラタウンを含むカントー地方の頭上には、週明けからずっと分厚い雨雲が陣取っている。
月曜日に梅雨入りを宣言したラジオニュースのアナウンサーの声も、心なしかトーンダウンしたように思えた。
カントーに住む友人知人たちも。

レッドは「外でバトルがしづらい」と。
イエローは「外でお昼寝…いえ、お散歩ができない」と。

それぞれの実に「らしい」理由から、この季節はあまり好きではないようだった。
しかし、ブルーはと言うとこの梅雨という季節、雨という天気の日が嫌いではなかった。
それには二つの理由がある。
雨や水、紫陽花。
そういったこの季節を象徴する事象やものは、一つの色に例えられていた。
青。
英語でBlue。
すなわち彼女自身の名と同じだった。
幼少期から見た目からは計り知れぬ苦労をしてきた彼女である。
しかし「自分の名前」の「もの」に溢れる季節を嫌うほど、その感性は荒んではいなかった。
こうして窓辺に座り、雨音だけの静寂の中に身を浸すと、普段は感じられない不思議な安らぎを覚えるのである。
そしてもう一つ。
今日の日付は6月1日。
彼女、ブルーの誕生日だった。
ブルーはそれまで眺めていた窓の外から、部屋の隅に目をやる。
そこには様々な大きさの包み……彼女へのプレゼントが置いてあった。
それぞれレッド、イエロー、シルバー、ゴールド、クリス、ルビー、サファイア、エメラルドからのもの。
各々の性格が反映されたプレゼントではあったが、いずれも彼女を祝う気持ちの篭ったものであり、
ブルーとしてはそれだけで暖かい気持ちになるのを感じていた。
ところが、そこには本来あるべきであったもう一つのものが存在しなかった。

「いくら出かけてるからって、連絡も無しのガン無視はどうかって思うんスよね」とはゴールドの弁。
「まさか姉さんの誕生日を忘れてるわけじゃないだろうな」とはシルバーの弁。

彼らの気持ちは有難かったが、それは杞憂だろうというのがブルーの考えだった。
時計が23時半を指す頃、彼女は窓辺から立ち上がり、静かに家を出た。



時間が時間だからか家の外でも、家の中と同じくらい静かだった。
(とは言っても、行くあてがあるわけじゃないのよね)
仕方なく玄関の扉にもたれかかり、再び空を見上げる。
見上げて、今度は目を閉じて、再びの静寂に身を浸し。
待つ。
その時を。

「まぁ、あの人が今年だけ忘れてるってことは無いと思いますけど」とはイエローの弁。
「まぁ、あいつなりに考えてることがあるんじゃないか。いつものことさ」とはレッドの弁。

やがて、少しだけ風の音が強くなったのを耳で確認し。
ブルーは目を開いた。
周囲の静寂を壊すなく、一匹のリザードンとその背中に乗ったトレーナーが降りてくる。

「11時45分。ギリギリね」
「毎年要求水準が上がってるからな、こちらの身にもなれ。間に合っただけ良いだろう」

グリーンはいつも通りの無愛想のまま、リザードンをボールに収める。
いつしか空から雲は消え、雨はすっかり上がっていた。



「ダーメ、許さない。どれだけ待ったと思ってるの? 」

ブルーの笑顔が段々と相手を困らせて楽しむようなものに変わっていく。

「全く、面倒な女だ」

それに対しやれやれと溜息を一つつくと、グリーンはポケットから箱を取り出した。
綺麗にラッピングがされている、贈答用と見て間違いないものだった。

「誕生日おめでとう、ブルー」

付き合いのそれなりに長い彼らにとっては、定型文のようなやり取り。
それでもグリーンの口元には少しだけ笑顔が浮かび、祝福の言葉にも思いが篭る。

「ありがとう、グリーン。…ふふっ、このプレゼントに免じて、特別に許してあげる」

グリーンはふんと鼻で一息つくだけで、仏頂面に戻ってしまう。
もっとも、このやり取りもお互いの意思疎通のためというか、一種の挨拶のようなもの。
それが分かっているから、ブルーも一見機嫌が悪そうな彼の様子を特に気に留めるでもない。

「開けてもいい?」
「好きにしろ」

それだけ聞くと、なら遠慮無くと言わんばかりに包みを解き、その小さな箱を開ける。

「わぁ……」

中に入っていたのは、雨粒のような小さな青真珠のイヤリング。

「これ、真珠じゃない。どこで買ったの?」
「取ってきたんだよ。流石に買うほど余裕は無いし、お前の誕生日にそれだけ予算を割いてやる言われもない」

グリーンはさらりと言ってのけたが、その労力が並大抵のものではないことはブルーにも容易に想像がついた。
恐らくは貝ポケモンの作る真珠を取ってきたのだろうが、それも普通のトレーナーやポケモンに簡単にできることではない。
このために「少し遠くへ」出かけていた。
それだけの手間をかけて、自分のことを祝ってくれた。
ブルーはまた自分の心の中に暖かいものが溢れるのを感じた。

「どういう意味よそれー」

むくれるポーズをしてみるものの、笑った目元は隠せない。
そしてそれを見て取れないグリーンではない。
だから、彼女が自分から顔を背けても、特に何も言わない。

「どう? 似合ってる?」

しばらくブルーがグリーンから顔を背けていたと思うと、いつの間にかその耳には彼が贈ったイヤリングそのものがつけられていた。

「悪くはないだろう。一応似合いそうなものを取ってきたつもりだしな」

雨粒のような形をした、どこか落ち着いた雰囲気のあるその青いイヤリングは。
どこか子供っぽくて、自分や周囲を厄介事に巻き込んで、計算高くて。
でもその本当の内面はずっと静かで、真面目で、落ち着いていて、優しくて。
この梅雨の季節にブルーという名で生まれた彼女に、よく似合う。

「ありがとう、グリーン」

普段はクールで無愛想な彼の、恐らくは精一杯の褒め言葉に。
ブルーはまた純粋な喜色だけを表に出した笑顔を浮かべ、再びの感謝の言葉を漏らした。



「それにしても、こんなもの取ってきてくれるなんてね」

二人の男女が、静寂に包まれた夜の帳の中を歩く。

「いつも前の年より良いものくれるなぁって思ってたけど」

女は笑顔。
男は無表情。
その表情はそれぞれ対照的で。

「これは来年はもっと凄いものを期待しちゃっていいかしらね?」

彼らの頭上を、再び雲が覆って雨が降る。
その雨粒が、女のイヤリングに当たって弾ける。
弾けた雨粒は、イヤリングと同じ、丸い形をしていて。

「……うるさい女だ」

イヤリングの色を映し、青く輝いていた。


 あとがき ブログじゃない方のサイト更新したのっていつ以来だろう…(遠い目) というわけでどうもご無沙汰しております、霧崎和也です。 今でこそなのはとか百合とかに色々と手を出している霧崎でありますが 文書きとして最初に2次創作をしていたジャンルは別のところだったりします。 それが何かと言うと、今回書いたポケットモンスターSPECIAL・ポケスペ。 当時中学生、今以上に右も左も分からなかった頃。 ふらふらとネットサーフィンをした末に辿り着いたのが、今はなきとあるポケモンポータルサイト内の ポケスペの文章系2次創作を専門とする掲示板でした。 その掲示板がなくなるまで約1年半、自分で文章を書いたり、他の方の文章を読んだり。 ある時はコピペだとかタグの使い方だとか、文書き以外のことも教わったりもしていました。 そこで受けた影響は非常に大きく、今の霧崎を形成する要素となっています。 何が言いたいかというと、ポケスペという作品は文書き・霧崎和也にとっての原点なわけです。 しばらくこっちを更新しないうちにまぁ身の回りで色々変化がありまして。 そんなこともあって、「原点回帰」的な意味合いも込めて、6月1日がブルーの誕生日ということもあり 今回このSSを書いた次第であります。 ポケスペオンリーに行ったり、そこで同人を出されたり2次創作されてる方々とTwitterとかで 絡む機会が増えて再燃したというのもあるのですが。 ……にしてもポケスペで書くのって何年ぶりなんだろう、ってレベルですね。 しかも前述の掲示板にいた頃はオリキャラを混ぜたりして話を展開させていたので 純粋にポケスペ原作のキャラしか登場しないSSとなるとそれこそ10年単位で遡るレベルです。 加えて当時もグリブルという組み合わせは実は書いたことがなかったもので (そもそもグリブルというカップリングを知ったのが掲示板に来てからですし。 レイエ、ゴークリ、ルサあたりはまぁあるんだろうなぁと思ってはいましたが) 懐かしいながらも新しい感覚で書いてました。 〆切とボキャ貧に泣かされるのはいつものことなのでそれを除けば楽しかったです。 タイトルの「Blue Pearl Drops」についてはまぁ、見ての通りということで。 Dropに複数形のsがついているのは右耳と左耳、2つのイヤリングを意味してます。 最初にpixivに投稿した時パールの綴りがプログラミング言語の方のPerlになってたのは内緒。 昔から英語が苦手だったのがこんなところで露呈してしまった……。 あとはマサラ3人組は他の図鑑所有者とはちょっと違う彼らだけに通ずるもの、絆があると 思っていて、そこを少し意識しながら書いてました。 マサラ組が結構精神的に追い詰められて最後もあんな感じなのでFR・LG編はあまり好きではないんですが 彼ら3人には確かに彼らの間にしかない何かがあるというのを見せてくれる点では好きです。 原点回帰というのとはちょっと違いますが、いつもと少しだけ表現的に毛色を変えてみました。 まぁ最後の方はいつもの形に戻ってしまっているので何言ってんだこいつって感じかもしれませんが。 ともあれ表現技法の幅の狭さに困っているのが現状なので、色々実験的に試していきたいです。 ポケスペというジャンルについても、これから細々と再動していきたいですね。 随分と長い後書きとなってしまいましたが、今日はこの辺で。 次の更新はいつになるか分かりませんがまたお会いいたしましょう。 2013.06.02 霧崎和也 ギャラリーに戻る
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