聖祥大附属小学校の屋上。

(ここにもいない…か。何処行ったんだろ?)

その学校の白い制服に身を包み、長く綺麗な金髪をピンク色の リボンで結んだその少女は、額に
僅かな汗を滲ませながら、屋上全体を見やった。今は昼休みなので家で作ってもらった弁当を
食べている生徒の姿はちらほら見受けられる。だが、少女は その中に自分が探している人物が
いないと分かると、すぐに別の方向に目を移した。

(校庭……かな?)

少女は屋上の隅に走って行くと、そこからフェンスごしにそれなりに広い校庭を眺めた。
今は春先、ちょうど暖かくなってきた頃である。校庭にいくつか植えられている桜の木も、少女が
髪につけているリボンと同じピンクに花をこれ見よがしに咲かせていた。

(綺麗だな……)

少女は一瞬自分の目的を忘れ、その神秘的な光景を魅せられたかのように見つめた。


少女の名はフェイト・テスタロッサ。今はごく普通の小学4年生である。



大きな桜の木の下で



(……あ、ぼーっとしてる場合じゃなかった)

しばらく誇らしげに花を咲かせる桜を見ていた少女……フェイトだったが、ここへやって来た
当初の目的を思い出すと、目を皿の ようにして再び校庭に視線を向けた。

(本当に何処に行ったんだろ…。一緒にお弁当食べようって 言ってきたのはなのはの方なのに)

フェイトはやや憮然としながらも、校庭をくまなく見回す。
訳あって昔から訓練をしてきた彼女は非常に鋭い観察眼を備えている。もし校庭にいるのなら
例え桜の花びらが最後の見せ場と言わんばかりに散る、桜吹雪の中であろうと絶対に見逃す筈が無かった。

(…どうしても、こっちに目がいっちゃうな)

しかしフェイトはやはり、美しく咲き乱れ、そして散る桜の花びらに意識を傾けてしまっていた。
そんな自分に苦笑しながら、フェイトはもう一度校庭に目を走らせる。
すると、校庭に立つものの中でも一際大きく、花もほとんど散っていない木の隅に、この学校の
白い制服の上に弁当箱を包んだハンカチが乗っているのが見えた。
フェイトはそれを確認するが早いか、一気に屋上まで駆け上がってきた疲れすら感じていないかのように
脇目も振らず走り出していた。
そんな彼女の顔には、さっきまでの憮然とした表情は無く、期待と喜びに胸を膨らませた
年相応の少女の明るく溌剌とした笑顔が浮かんでいた。





「なのはーっ!」

あっという間に階段を降り、校庭に出たフェイトは屋上から見た桜の木に向かい、一目散に走った。
その表情はいつにも増して輝いており、何処かあどけなさも残っていた。それは愛想といったものから縁遠く
また笑ったとしてもどこか哀しみを帯びていたかつての彼女と比較すると、まるで別人のようだった。

「なのは」

そんな彼女が急いで向かった桜の木の下には、フェイトと同じ白い制服を身に纏い、小さな弁当箱を包んだ
ハンカチを膝の上に乗せた一人の少女がたたずんでいた。フェイトの金髪にも劣らない程の綺麗な茶髪を
黒いリボンで2つにまとめたその少女に対して、フェイトは名前を呼んだ。

「ふぅ…随分探したんだよ。何でこんな所にいるの、なのは?」

高町なのは……それが、さっきからフェイトが懸命になって探し、今目の前にいる茶髪の少女の名前である。

「昼休みになったら一緒にお弁当食べようって約束してたんだし、こんな所に来るならせめて一言……」

少々愚痴っぽくなのはに物言いをした(その間も顔は笑っていたが)フェイトだったが
そこまで言っていったん口を閉じた。
なのはから返事が来ないのだ。

「…なのは?」

もう一度、彼女の名前を呼ぶ。一見何の変哲もない行為だが、この『相手の名前を呼ぶ』ということは
フェイトにとっては特別な意味を持っていた。……特に、その相手がなのはなら尚更。
しかしそれでも返事は来ない。さすがに不審に思ったフェイトは更になのはに近付き、顔を覗きこむ。
すると…

「すー、すー」

なのははしっかりと目を閉じ、規則正しい呼吸を繰り返していた…要するに、居眠りをしていたのである。
フェイトは恐らく生まれて初めて、下手なコメディのようにその場でひっくり返りそうになった。

(この子はいつも、私が考えもしないことをしてくれる)

フェイトは一つ溜め息をつくと、どこか愛しげな目で眠るなのはを見た。
最初は彼女を起こそうと思ったフェイトだったが、その様子が余りにも気持ち良さそうだったのと
眠っているなのはの表情が今までにフェイトが見たことのないものだったので、起こすのをやめた。

かつてフェイトは、愛する母のためにある物を探していた。様々な次元に全部で21個散らばっていた
その物だったが、フェイトの力を持ってすれば、集めること事態はさほど難しいことではなかった。

しかし、そんな幼い頃から悲しい目に遭ってきた母の願いを叶えるべく懸命にあらゆる場所を駆けまわっていた
フェイトの前に、自分が探していたのと同じ物を探すなのはが現れた。同じ物を探す以上、フェイトにとって
なのはは障害でしか無く、そのため戦うことを好まないフェイトにとってもなのはにとっても
不本意な対立を招いた。
だが、同じ年齢でありながら自分とは違った考え方と、自分と話し合いたい、助けたい、そして友達に
なりたいという強い意志を持ったなのはの姿に、フェイトの心は揺れた。
間違っているのは自分か、それとも彼女か…。

その後も色々あって、フェイトにとっては母の死という犠牲もあったが、だからと言ってなのはや
彼女の仲間達を恨むようなことはせず、今フェイトとなのはは親友として共に穏やかな (時として戦場に
立たなければならない時もあるが、その時は以前とは違って背中を預け合って戦う)日々を送っている。

その中で、時に敵・ライバルとして、時に友達として。フェイトはなのはの様々な表情を見た。

初めて見たのは突如自分が彼女を攻撃したことに対する動揺と戸惑いだった。
それから迷い、哀しみ、憤り、意志、喜び…どの表情も、フェイトの心にしっかりと刻まれている。
特にフェイトはなのはの笑顔が大好きだった。彼女の笑顔は、フェイトの心にかけがえの無い幸せな
気持ちをもたらしたのである。しかしながら、現在目の前で眠っているなのはのそれはフェイトが
今まで見たことの無い、無防備な表情だった。

(綺麗…というか、可愛いな)

フェイトはさっき屋上で桜を見ていた時と同じく、惹きつけられたかのような目でぼんやりとなのはの顔を見やる。
当然ながらなのはの表情は変わらなかったが、フェイトは見飽きるどころか、もっとなのはのこの顔を見ていたいと思った。

「あ…。」

そこまでなのはの顔を凝視して、フェイトは気付いた。まじまじと顔を見られても目が覚めない程ぐっすり眠っていた
なのはの髪が、見慣れた黒いリボンで結ばれていたことに。それを見た瞬間、フェイトの胸にはなのはの輝くような笑顔を
前にした時のような喜びが満ちた。

なのはが髪を結んでいる黒いリボンは、フェイトにとっても、そして恐らくはなのはにとっても
一生忘れられない日…友達になった日に、フェイトが髪を結んでいるピンクのリボンと交換したものである。

フェイトはそれ以来、よくなのはから貰ったこのピンクのリボンをつけていたし、なのはが自分の渡した
黒いリボンをしているのもよく見かけた。よくよく考えれば当たり前になっていたことではあったが
何故か今のフェイトには、それがとても嬉しかった。

(ありがとう、なのは)

フェイトは起こさないようにそっとなのはに近付くと、言葉では伝えきれない感謝の気持ちと愛情を込めて
まだ小さな手で風に揺れるなのはの髪を撫でた。

自分はきっと、誰よりも強く信頼し、また誰よりも大切に思うこの少女と共に、少なくともお互いに
違う道を進むことを決めるまでは、ずっと共に歩いていくだろう。別れる時が来るのは悲しいけど
いや、だからこそ彼女と共にいられるこの時を大切に生きよう。

そんなことを考えながら、フェイトは自分に撫でられて眠るなのはを優しい表情で見つめた。
それはさながら、遊び疲れた妹を何も言わずに見守り、その疲れを癒す姉のようだった。





 キーン、コーン、カーン、コーン…。
しばらく時間を忘れて桜の木の下でなのはが目を覚ますのを待っていたフェイトだったが
少し離れた校舎から聞こえるチャイムに我に返った。

「あっ!もう授業始まっちゃう!」

結局なのはと一緒に食べる筈だった昼食を取ることも叶わず、フェイトは教室に戻らなければならなくなった。
それだけならまだしも、問題はもう一つあった。

「なのは、起きて。授業始まっちゃうよ!」

そう、熟睡しているなのはを起こさなければならなかった。
しかしさっきから顔を覗き込んでも、頭を撫でても起きなかったなのはである。
普通の起こし方では 目覚める筈も無かった。

(なのはを置いて私だけ戻るわけにもいかないし…どうしよう?)

考えあぐねていたフェイトだったが、そこにまるで天の導きとでも言うかのようなタイミングで桜の花びらが落ちてきた。
フェイトとなのはがいる桜の木は、ほとんど花びらが散っていなかっただけに、目の前に落ちたそれは目立った。

(なのはには悪いけど…今はこれしかないか。散々私を待たせた お返し、ってね)

元より生真面目な性格なフェイトだったが、この時は妙に悪戯っぽい笑みを浮かべ、落ちてきた桜の花びらを指で掴んだ。
フェイトは、目の前で熟睡する親友を置いていくことも授業に遅れることもまっぴら御免だったので
とりあえずあまり回っていない頭で考えられる最善の手段を取った。

「なのは、起きて!遅刻しちゃうよっ!」

言うとフェイトは、桜の花びらでなのはの鼻をくすぐった。
やっていて自分で情けなくなる様な行動ではあったが、事態が事態なので仕方ないと言えば仕方なかった。
それに、情けないと思う一方で、これは恐らく相手がなのはだからそう思うのだろうが、何だか楽しかった。

「…くしゅん!」

結果的にフェイトのとっさの判断は正しかったようで、鼻腔をくすぐられたなのはは大きなくしゃみをして重い瞼を開けた。

「ふぁ…フェイトちゃん?おはよう…」

とりあえずなのはが無事に目を覚ましたのを確認すると、フェイトは彼女の手を引っ張って校舎に向かって走った。

「な、何?どーしたの?」

どうやらなのははまともに頭が回っていないようだったが、とりあえずフェイトは
端的に状況を説明した(伝わらないんじゃないかとは思っていたが)。

「もう、なのはがずっと寝てたからお弁当食べられなかったじゃない!授業遅刻しそうだし…。」

なのははフェイトに引っ張られているのと反対の手で眠い目を擦りながら、フェイトの言うことを聞いた。
しばらくきょとんとしていたなのはだったが、一応フェイトの言ったことは分かったようで大きく目を見開いて叫んだ。

「ええええぇっ!?」

フェイトは再び溜め息を一つついたが、こんな状況でもなのはのその間抜け顔を可愛いと感じ
そんなことを考えている自分に苦笑した。

「じゃあ早く行こう、フェイトちゃん!」

フェイトの内心を見抜いているのかいないのか、なのははフェイトに満面の笑顔を向けて
今度は逆にフェイトの手を取って走る形で前に出た。

「…お腹減ったよ」

フェイトはわざと拗ねたような口調で、なのはに向かってこう言った。しかしなのはは
そのフェイトの大好きな笑顔を変えずにしかも悪びれない口調で言い返した。

「後で一緒に食べようよ、フェイトちゃん!」

聞いたフェイトは、それは答えになっていない気がするけど…と言いかけてやめた。

(やっぱりその笑顔は反則だよ、なのは)

自分に幸せをくれる笑顔を振り撒くなのはに、反論など出来る筈もないのだった。



これから自分と彼女がどうなっていくかは分からないけど。
今までずっと頑張って乗り越えてきたから。
2人なら、絶対に大丈夫。
そうだよね、なのは?



自分に対して暖かい笑顔を向ける少女と、先の見えない未来を思うフェイトの背中には
2人を見守るかのように大きな桜の木が立っていた。



あとがき
初めましての人は初めまして、なのフェイをこよなく愛する駄文作家の霧崎和也と申します。
このSSは今から約1年前、俺になのはを薦めてくれた日依こよみさんの誕生日に贈ったもので
同時になのフェイの処女作でもあります。

元来CPもの、特に甘いSSは苦手だと思っていて、しかも百合という新ジャンルへの初挑戦だった為に
見てお分かりの通り酷い出来になっています(泣)
これでも何度か修正はしたつもりなんですが、それでもやっぱりちゃんと修正できてないなぁ;
どっちかと言うとほのぼの系な気もしてきたし(笑)
今思えばこれをプレゼントなんておこがましいにも程があった…。

おっと、最後は何か自虐に走ってしまいましたが、ともかくこんな感じでSSをぽつぽつと書いて
いきたいと思っていますので、よろしくお願いしますm(_ _)m




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