ぱぱぱぱぱん。
クラッカーの音が音楽室に響き渡る。

「ハッピーバースデー!」

そして続いた、そんなクラッカーに負けないくらいの大きな、誕生日を祝う声。

「ありがとう、みんな!」

今日の日付は11月27日。
ここ桜高軽音部「放課後ティータイム」の一人、ギター兼ボーカルの唯の誕生日。
いつもの邪気の無い笑顔も、今日は何割増しかに楽しそうに見えた。

「いやー、唯もようやくあたしと同い年。大人に一歩近づいたわけだ」
「そういうのいいですから、3ヶ月前までは同い年だったでしょう」
「なにおぅ? お前先輩に対して何て口の利き方してるんだよぅー」
「……まぁそんな律先輩は放っておいて。唯先輩、おめでとうございます」
「あはは、ありがとうりっちゃん、あずにゃん」

律と梓が唯のところに駆け寄り、それぞれ自分なりの言葉で唯を祝った。
入部した頃こそこの部の独特の雰囲気に戸惑い呑み込まれていた梓ではあったが、
今ではこの通り律に対するツッコミ役が板についている。
人間変われば変わるものだ……その良し悪しは別として。
ともあれ、同級生と後輩の祝福に、唯は目を細めて笑みを浮かべた。

「唯ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ムギちゃん」

「置いとくって何だ! お前にはもう一度先輩を敬う気持ちを教えてやるー」と
梓を追いかけて唯から離れた律にと入れ替わって、今度は紬が唯のもとに現れる。
その柔和な笑顔はいつもと変わらないように見えるが
それでも唯への「おめでとう」の気持ちに全く偽りがないことが、唯には分かった。
自分の中で喜びの感情が更に強くなるのを、唯は感じた。

「せっかくだから、今日はいつもとちょっと違うケーキを持ってきたの。食べましょう?」
「ほほう……わっ、ホールケーキだ!凄い!」

そして手招きされるままに机に向かうと、そこにはいつものカットされたものではない、丸いホールのショートケーキがあった。
その中心にはプレートがあり、そこにはチョコレートで「Happy Birthday Yui」の文字が書かれている。

「おおお! 美味しそうだなー。早く食べようぜ!」
「慌てなくてもちゃんと食べられますから、落ち着いて下さい」

そんな祝いの品に喜色を示したのは、祝われる側の唯よりも律だった。
そこにすかさず梓が窘めに入る。
対して唯も、滅多に食べられないご馳走に目を輝かせて、早く食べたいと逸る気持ちを抑えようともしなかった。

……が。
ある光景が目に留まり、唯の視線と意識はそちらに向く。
その視線が捉えていたのは、机の隅の方にいる澪の姿だった。
元々口数の多い方ではない彼女ではあったが、今日は一段と静かだった。

「澪ちゃん?」

当然、唯の足は自然と澪のいる方へ進む。
自分を祝ってくれないのかとか、そういう不平不満を言う気持ちはなかった。
ただ、どうも浮かない表情に見えた彼女が気になっただけだ。

「あ、ああ、唯。おめでとう」

唯が近くに来たことに気付いたのだろう、澪は顔を上げて少し笑顔になって祝いの言葉を告げた。
しかしその笑顔もどこかぎこちなく、表情にはどこか陰があった。

「澪ちゃん、何かあったの? 何だか辛そうな顔してる」

そのまま澪の隣の椅子に座った唯は、前置きもなく切り出した。
元より回りくどいことは得意ではない唯である。
それに高校に入ってからの付き合いとはいえ、軽音部の仲間として短くない時間を共に過ごしてきた。
そういう直裁的な物言いができる関係にもなっているはずだった。

「……」

再び目を伏せる澪。
もっとも、否定しないところを見ると何かあったのは確からしい。
そのまま澪の顔をじっと見据える唯。
対して澪は一度顔を上げ、そこで唯と目が合う。
そして、観念したかのようにため息を一つつく。

「あの、さ、唯」

そして澪が自分の抱えている「何か」を吐き出そうとした、その時。

「唯ちゃんっ! お誕生日おめでとうっ!」

音楽室の扉が勢いよく開かれ、それは立ち消えとなってしまった。
勢い良く扉の先に現れたのは、軽音部の顧問であるところの山中さわ子であった。

「おわぁ、何だよさわちゃん勢い良すぎるぞ!」
「そりゃあせっかくの軽音部員の誕生日だもの。大人しくしてられるわけがないじゃない!」
「先生としてそれはどうなんですか……?」
「細かいことは気にしないの。それより唯ちゃん、誕生日おめでとう!」

音楽室の扉を開けてから入ってくるまでの勢いと流れのあまりの良さに、流石の律や梓も驚く他なかった。
もっともさわ子本人にとっては小さなことであるらしく、すぐさま唯に向き直って抱えていた袋を渡す。

「ありがとうさわちゃん。ところでこれ、何?」
「開けてみてのお楽しみよ」
「どれどれ……わぁっ、洋服だ!」

唯がその袋に手を入れると、程無くしてシャツとスカートが姿を現した。
唯によく似合いそうな鮮やかな色合いだった。

「ちゃんと完成したんですね」
「当然よ。ちょっと徹夜寸前までいったけどね!」

紬の感嘆の声に、さわ子が胸を張る。
どうやら唯以外の部員はこの服の存在を知っていたらしい。
聞けばこの服、律・澪・紬・梓の4人でお金を出し合って買った原料の布からさわ子が作ったものであるらしい。
まさに軽音部一体となって作り上げたプレゼントと言うわけだ。

「本当にありがとう、みんな。私、今日のことはずっと忘れないよ!」

唯の胸の中に、初冬の寒さに負けないような、抑えきれないほどの喜びと暖かさが溢れる。
今日一番の笑顔と言葉で、彼女は感謝を伝えたのだった。


それからは誕生会とはいえ特に何かするでもなく。
いつも通りにケーキを食べ、紅茶を飲み、他愛ない話をして過ごした。
……練習はしなかったが。

そして日が沈んだころ、唯は澪と共に家路についていた。
さわ子は職員室に戻り、律・紬・梓の3人は後片付けをすると言って音楽室に残った。
自分も片付けを手伝うと言った唯だったが、あっさり律に却下され。

「主賓はそんなこと気にしなくて良いんだよ、ここはあたしらに任せとけって。もう時間も遅いし。
あ、1人じゃ危ないから見送りに澪くらいはつけてやる」
「くらいとかつけてやるとか、酷い言い様だな……」

今に至るというわけである。

「でも、今日は楽しかったなぁ」

再び今日のことを思い出し、唯は破顔する。
両親が不在がちということもあり、あれだけ何人もの人に同時に誕生日を祝われた記憶は、唯にはない。
だからこそ嬉しかったし、今日のことは忘れないと心に誓っていた。

「……うん」

対して、隣を歩く澪は相変わらず表情が優れなかった。
ケーキを食べて色々話をしている間もずっとこの調子で、やはり何かを気にしているようだった。

「ねぇ、澪ちゃん」

そして、それを放っておく唯ではない。

「さっき、何を言おうとしてたの?」

さわ子の登場でうやむやになってしまった、澪が言おうとしていたこと。
唯はそれもしっかりと覚えていたのだ。

「……覚えてたのか」
「澪ちゃんのことだもん」

勉強はできないけど、大事な友達のことは忘れない。
そう言って唯は胸を張る。

「勉強はできない自慢って、それも学生としてどうなんだ……?」

と言いながら、澪にも若干の笑顔が戻る。
そうやって一しきり笑い合う、唯と澪だった。

「実はこれ、買ってきてたんだ。唯へのプレゼントとして」

やがて、澪が自分の鞄から袋を取り出す。
大事そうに抱えたそれは、隅にプレゼント用のリボンがあしらわれていた。

「でも、これ……」
「あっ」

澪が袋の中身を外に出した。
するとようやく、唯にも澪が何を言い淀んでいたのか理解できた。
それは、少し大人っぽいピンクの、左手用の手袋と。
やはり落ち着いた白の、右手用の手袋だった。
つまり、何かの手違いで違う手袋がワンペアとして入ってしまっていたらしい。

「今朝、一応中身を確認したらこうなってるのに気付いて。取り替えてもらう暇もなくて……」

澪の声が段々と震えてくる。
生真面目な彼女は、自分が決めたことを不測の事態で遂行できないこと、唯を喜ばせられないことが、どうしようもなく悔しかった。

「なぁんだ、そんなことか」

しかしそんな澪に対しても、唯は動じることもなく、いつもの笑顔を浮かべて応えたのだった。
これには流石に澪も少し語気を荒らげる。

「そんなことって、唯……!」
「えっと、気を悪くしちゃったらごめんね? でも、そんなの何の問題もないよ。澪ちゃん、その手袋の片っぽ貸して?」

少し慌てた口調になった唯だったが、それでも笑顔は絶やさない。
そのまま澪の持っていたピンクの手袋を手に取ると、自分の左手にはめる。

「あったかいね、これ。それで澪ちゃん、左手にそれをつけて」

手袋をはめた手で、もう片方の手袋を指さし、それを澪にもはめるよう言う唯。
そんな彼女の意図が分からず、怪訝な顔をしつつも言う通りにする澪。
澪が手袋をはめたのを見るが早いか、手袋をしていない方の手……右手で、澪の手袋をしていない方の手、左手を握った。

「ゆ、唯っ、何を……」
「これで解決! 全部あったかいでしょ? わたしと澪ちゃんの、手をつなぐ時専用の手袋だよ!」

唯の意図がようやく分かり、澪ははっとした。
1人が色の違う手袋をしたのでは、違和感しか残らない。
だがこうやって2人の人間がそれぞれ手袋をして手をつなげば、違和感もなく(2人が別の種類の手袋をするのは当たり前だ)
外側の手はその手袋で暖かく、内側は繋がれた手にお互いの体温が伝わり、やはり暖かい。

「そっか、私と唯専用の手袋……か」
「うん!2人だけの秘密!」

2人だけの秘密。
なんだか甘い響き、まるで恋人同士みたいだと澪は思った。
と同時に、唯の常識を軽々と飛び越えるような発想に、素直に感嘆する。

「こんな使い方があるなんて……凄いな、唯は」
「澪ちゃんの方が凄いよ。ベースもできるし、作詞や歌も、勉強も……」

そういうことじゃないんだけどな、と澪は若干苦笑する。
一方の唯は、その苦笑を澪が元気になったものと思い、微笑み返す。
2人は笑顔と共に、再び見つめ合った。

……やがて、どちらともなく。

「誕生日おめでとう、そしてありがとう、唯」
「こちらこそ、プレゼントありがとう、澪ちゃん」

夜の闇を行く影が2つ。
その手は温もりを伴って繋がれていて。
そこには冬を告げる木枯らしも入り込むことはできない。

もうすぐ、冬も本番だ。


 あとがき 毎回更新する度にご無沙汰な気がします、「霧崎和也」改め「霧崎」でございます。 ええ何か面倒なんで名前取ってしまいました。湯婆婆みたいですね。 平沢唯ちゃん誕生日おめでとう!1日か2日遅れてる気もしますが! 例によってpixivには当日上げたので許して下さい。先にサイト更新しろって話ですが。 …というわけで、サイトでは初めての唯澪話です。 けいおんはアニメから入ったのですが、この2人の組み合わせに惹かれちゃいまいました。 なんたって放課後ティータイムのツインボーカルですもの。華があります。 ただまぁ作品からしてあまり変化のない日常モノで しかも梓加入後は絡みが少なくなっていった唯と澪の組み合わせなので 前段階として自分なりの「唯澪観」の形成には結構苦労してしまったりしていました。 同時に霧崎自身の「百合観」や「女の子同士の友情観」も考えさせられることがあり なかなかどうしてやろうと思えば深堀りできるものだなぁと思っております。 そんな理由で段々と唯澪のイメージについては固まりつつあるのですが もうちょっと掘り下げていきたい感じもあります。 今回の話だと割と裏方気味だった律梓や、唯澪を取り巻く皆様方など 細く長くといった感じで続けていければ良いかなぁと。 そんなこんなで、ひとまず今回はこの辺で。 それではまた。 2013.11.27 霧崎 ギャラリーに戻る
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